2013年07月06日
正しさより、「そうだね」が盛り上がる
Siri(音声でiPhoneに指令ができるもの)で、iPhoneに、「暑いね」と語りかけたら、
「そうでもありません。今は25度です」と答えられたという話を聴きました。
・・・ああ、そう。
正しいかもしれないけど、楽しくはないですね。
「そりゃそうかもしれないけどさ」と言いたくなります。
機械だからと、笑ってばかりもいられません。
わたしたち人間も、結構
「そうかな?違うと思うよ」「でもね」「だけどね」「せやけどな」・・
と言ってしまいがちだからです。
「そうだね」「そうですね」「ほんまやね〜」と言ってみてください。
イエスで答えられると、相手は気分が良くなり、会話がはずみます。
だけど(ほら、だけど!)、
嘘はつきたくない。
間違いは嫌だ。
ごもっともです。
重要案件なら、やはり異論を述べる必要があります。
間違いも、見過ごせません。
ただ、どうでもいいような会話を楽しみたいなら、
ちょっと譲って、「そうですね」「暑いね〜」と言ってみてはどうでしょうか。
会話がはずむ上に、違う自分が発見できるかもしれません。
子どもたちが成人して、家を出るようになると、
「さびしくなりますね」とよく言われます。
実は、あんまりさびしくありません。
ピンと来ないのです。
「いえ、全然さびしくありません」というのもどうかなあと思うし、「そうですね」までは言いにくかったので、
「そうかもしれませんね」
「さびしくなるのかもしれません」
そう答えました。
そうしたら、自分の中に、意識しなかった「さびしいな」という気持ちを発見することができたのです。
可愛い大事な子どもが育ち、旅立つことの喜びと安堵の奥に、ひっそりと隠れていたようです。
ささやかな気持ちだって、私の大事な気持ちです。
否定しないことで、認めることができて、よかったと思いました。
「イエス」と言える力を持つ。
機械には難しい、人間らしいことなのかもしれません。
さまざまな感情を同時に抱えている生き物だからです。
「そうでもありません。今は25度です」と答えられたという話を聴きました。
・・・ああ、そう。
正しいかもしれないけど、楽しくはないですね。
「そりゃそうかもしれないけどさ」と言いたくなります。
機械だからと、笑ってばかりもいられません。
わたしたち人間も、結構
「そうかな?違うと思うよ」「でもね」「だけどね」「せやけどな」・・
と言ってしまいがちだからです。
「そうだね」「そうですね」「ほんまやね〜」と言ってみてください。
イエスで答えられると、相手は気分が良くなり、会話がはずみます。
だけど(ほら、だけど!)、
嘘はつきたくない。
間違いは嫌だ。
ごもっともです。
重要案件なら、やはり異論を述べる必要があります。
間違いも、見過ごせません。
ただ、どうでもいいような会話を楽しみたいなら、
ちょっと譲って、「そうですね」「暑いね〜」と言ってみてはどうでしょうか。
会話がはずむ上に、違う自分が発見できるかもしれません。
子どもたちが成人して、家を出るようになると、
「さびしくなりますね」とよく言われます。
実は、あんまりさびしくありません。
ピンと来ないのです。
「いえ、全然さびしくありません」というのもどうかなあと思うし、「そうですね」までは言いにくかったので、
「そうかもしれませんね」
「さびしくなるのかもしれません」
そう答えました。
そうしたら、自分の中に、意識しなかった「さびしいな」という気持ちを発見することができたのです。
可愛い大事な子どもが育ち、旅立つことの喜びと安堵の奥に、ひっそりと隠れていたようです。
ささやかな気持ちだって、私の大事な気持ちです。
否定しないことで、認めることができて、よかったと思いました。
「イエス」と言える力を持つ。
機械には難しい、人間らしいことなのかもしれません。
さまざまな感情を同時に抱えている生き物だからです。