2013年06月11日
わからないけど、わかろうとする
神戸市で、大学の演習でした。
事例検討をしました。
実習生用の、架空の短い事例をもとに、どういった関わりがよかったのかなどを検討していきます。
今回は、途中で、下半身に障がいを持った男性と実習生のやりとりです。
車いす体験をしたけれど、
「どうせ歩けるんだから、障がい者の気持ちなんて、わからないだろう」と言われて困ったという事例です。
同じ体験を持たないと、理解はできないのか。
まあそうかもしれません。
しかし、まったく同じ経験をする人なんて、一人もいません。
そういう意味では、誰もが理解できないのです。
たとえ、同じように車いす生活であっても、一人一人条件も受け止め方も違うからです。
わからないんだけど、少しでも理解しようと、あれこれ想像します。
自分にとって、いつもあるもので、あるのが当たり前のものを突然失ったら、どんな気持ちがするか。
たとえば、大事なお気に入りの財布。
カードも、現金も入っています。
たとえば、携帯電話。
顔が真っ青になります。
しかし、これらは、痛いとはいうものの、我が身ではありません。
我が身は残念ながら、お金をはたいても、あらかじめのバックアップも、きかないものです。
それは、いかほどのことか。
想像しきれないぐらいのつらいことなのだ。
そう思うだけでも、言葉がけが変わってくるのではないでしょうか?
ああでもない、こうでもないと理解しようとすることが大事なのです。
本当には、あなたのことはわからない。
だけど、大事に思っているし、少しでもわかりたいと思っている。
そのことが、つながりを生むのです。